たのしいご飯

沖縄県の翁長知事による「県子どもの貧困対策推進計画(仮称)素案」が発表された。

幼児・小中学生・高校生・若者へと、ライフステージごとにそれらに見合った施策を提示して切れ目のない支援を目指す内容となっている。いよいよ抜本的な支援策が講じられることを大歓迎の期待をもって、自分にもやれることを全力で協力していきたい。

さて計画素案の詳細についてはここでは触れないが、県による子ども実態調査の結果も公表されていて、その一つの「貧困と孤食」について考えてみたい。

この調査によると、貧困層の子どもほど平日の朝食・昼食を親や兄弟と一緒にではなく、「一人で食べる」と答えた割合が高いとされている。

小学校5年生と中学2年生の対象比較になっているが、やはり高学年になるほど孤食になるパターンが増えるようである。

まあ思春期によくある行動パターンじゃないか?というように受け取られるかもしれないが、問題の視点は貧困との関連性があるかをみることである。

例えば、子どもの食事を用意するのが「お母さん」とするなら、「食事の支度をする時間に働いているのではないか」という見方もあり、働く時間の長さや複数就労なども浮かんでくることが考えられる。時代背景も変わるし、家族の形態も今や核家族が平均構成となっている。だからこそ、実態の調査から浮かんでくる問題点を、多角的な観点から見つめていくことが肝心なのだと考えるべきではないだろうか。

玉城の個人的な価値観からすれば出来る限り子どもは家族で食卓を囲むほうがいい。

自分の子どもたちとも、できれば朝食などはそうやって一緒に食べる時間をつくる工夫を夫婦でしてきた。もっとも、それを主張して実行させたのは家内の力(意志と行動力)の賜物だと感謝しなければ、なのですが。

子どもや親御さんが「家族の楽しい時間」が作れることにどのような支援ができるか。

県の取り組みもたくさんの希望と笑顔につながればいいなぁ。自分も頑張ろう。

 

 

やっと見えてきたこと

子供をめぐって、子供たちの生育や生活環境と教育への影響、子供のいる家庭の貧困状況の現実的な問題、あるいは社会の中での子供たちに対する支援のありかたなど、これまで、おそらくは一般的に世間の中で語られてきていたこと、自分や回りの身近にも感じていたような課題・問題とその深刻な状況などが、やっと政治(行政や議会)の大きな課題であることがメディアに出てき始めている。

待機児童の問題が政治における重要な課題であることは耳にしていても、こと家庭の貧困と子供たちへの影響のようなことになると、まるで「貧困は個人の問題で、待機児童は政治(行政)の問題」と言わんばかりに、どこかで区別されていたのではなかったかと思えてならない。

しかし、やっと、貧困は個人的な問題どころか社会全体を蝕んでいく深刻な問題なのであり、ことに子供たちがいる家庭での貧困は、地域に限らず、日本全体における将来の在り方について危惧されるべきものなのであり、ゆえに徹底的かつ長期的な対策がとられるべき重要課題なのだと認識されることになった。

貧困はつらい。貧困は重い。個人個人で頑張れること、倹約して切り詰めて生活する、子育てするにも、限界がある。欲しいからと言って収入がすぐに増えるなんてことはめったにない。思い余ってギャンブルに手を出し、わずかな生活費を増やすどころか失ってしまったという話しは決してドラマのストーリーなどではない。あぶく銭すら簡単には手につかめないのも現実だからだ。

どのようにしてこの貧困の問題をとらえ、解消解決に向けて取り組んでいけるのか。

ひとついえることは、子供たちのまなざしの先に、この問題に対して真剣に向き合い、知恵をだし汗を流して取り組んでいる大人の姿を見せなければいけない。いろいろな場所で、自分たちのために、親だけでなくて、いろいろな大人たちががんばっている。

そういうことが子供たちの励ましになれるように、政治(行政・もその責任をしっかり背負っていくことを、この国に住まう人々に証明していかなければならない。

予算のこと

12月になると来年度の予算案が提示される。

特に県民にとっては沖縄県関連の予算がどうなるか、かなり関心のある方も多いだろう。

この何年間かは3000億円台で推移する予定であるが、上がったり下がったりの情報に翻弄されるのもなんだか嫌な感じである。「必要なところには傾斜配分する」のが本来の予算の付け方であり、無駄があれば削り、必要なところには厚みをつける、そのような基本原則で考えれば予算の外郭(大体の予想)が大きく外れるということはないのが「ごもっとも」な結果になるはずと思う。その方向性は、おおむね3年を目途として、当該事業と予算との整合・評価・改善を判断することで納税者の納得も得られるだろう、とも考えるからだ。

 

22日、来年度の沖縄関連予算が、3350億円と提示された。夏頃に提示していた概算要求額の3429億円からは減額となっているが、各省庁で絞り込みがされている公共事業費のマイナスを受けたもので、県関係はほぼ必要額が盛り込まれていると見ればいいのではないか。

民主党政権下で策定された成長戦略、自・公政権で取り組まれている新成長戦略においては、沖縄県を「アジアのゲートウェイ」とか「日本経済発展のためのフロントランナー」などと位置付けており、県による「21世紀沖縄ビジョン」構想でも、アジア地域や大陸に向けた振興政策が沖縄の自立経済の確立と日本全体への経済底上げに資するものであると位置づけられている。だから、その方向でとらえる限りにおいて沖縄県関連予算は、必要額をしっかり確保することが地域と全体のWin/Winにつながっていくということ。そのための努力を重ねる姿勢を保ち続けるためにも、しっかりした額の予算確保は至極当然と言えるのではないだろうか。

沖縄県の予算に関しては、各省庁別建ての直接要求という形ではなく、内閣府への一括計上方式で概算要求・予算決定、そして県各部局への交付配分、となっている。

本来であれば「空港特会財政による那覇空港の拡張整備」、「文科省予算による大学院大学の整備事業」で予算が確保されるべきであるのだが、内閣府の振興予算としてそれぞれが計上されてこれまで執行されてきていることなど、いわゆる「政治判断的予算」の形が確かに存在する。

ややもするとその部分がことさらに強調され、わけても米軍基地の存在が、政治判断による過重な配分を呼び込むのだという「沖縄の特異性を評価するべき」などの意見には、正直言ってめまいを覚える。

沖縄の特異性を謳うのであれば、前段で書いたように、「国の成長戦略として位置付け振興計画を支えている」ということに着目するべきであり、米軍基地の存在があるから3000億円余りの予算を沖縄に与えているということではない。だからもう「振興予算」と呼ぶことはいっそ変えたほうがいいのではないかとさえ思えてならない。特別視すること・されることを、県民はおそらく望んでいないだろうから。

政治判断に一喜一憂しない、実のある・実になる、県民生活に欠かせない事業と中味に則した実質的予算を確保していきたいものである。

 

 

話しクヮッチー

唐突なのか周到なのかそこまでのいきさつは図りかねるが、沖縄県に「ユニバーサルスタジオ」構想のほかにまた新たなテーマパークの話しが持ち上がったというニュースの件。

ディズニーランド。沖縄へ、普天間基地の跡地へ誘致。関係者も意欲的とある。本来であれば嬉しいことこの上ない。大いに結構な話しである。みんな喜ぶだろう。

しかし。ここはそういう個人的にうれしい気持ちを抑えて考えてみたい。なぜならディズニーランドが来ることになっても、最短なら5年、いや15年、先の話しだからだ。

その根拠を考えてみた。

5年とみるのは、まず普天間基地が政府のウルトラC的大方針転換によって「速やかに閉鎖・返還する」となった場合。普天間基地機能の移転には在りものの滑走路や施設を共有するとしても、設備機材の移動やら海兵隊航空機専用ハンガーの建設やらを考えれば最低でも3年はかかる。

そして返還後の原状回復工事。もちろんその前に、地権者や行政体との跡地利用協議が計画も予算もすべて整っていることが最大の前提条件であることは欠かせない。それらが整えられてから遊戯施設の工事が始まって2年で仕上げる、とみれば、基地の跡地から有害物質なんかまったく出てこないことも前提に入れても最短で5年、としてみた。相当無理があるが。

15年とみるのは、政府が現在の辺野古キャンプシュワブへの普天間基地移設を変更しない方針から考えてみた場合に有する「最短の時間」が計算できるからだ。

なぜ計算できるのか。

まず、キャンプシュワブにはまだ本格的に調査をしていない(されていない)埋蔵遺跡や文化財がいくつかあることが大きい。

それらのほとんどは1950年代の基地建設のために敷きならされ覆土されているために、その遺跡の状態や規模が現段階では「ある程度の面積範囲くらいしか調べられていない」「現在ある建物の下にも埋蔵遺跡があると思われるためそこも当然調査の対象となります」と、名護市教育委員会の専門係員から伺った。

つまり、キャンプシュワブは「遺跡の上に建てられた構造物」ということが明らかなのだ。

文化財保護の観点から考えたら、米国と日本に大きな違いはない。米軍基地司令官は、このような文化財調査については許可しなければならないと規則にも記されている。もちろん、防衛省がそれらのことに全く留意することなく、辺野古移設工事を進めることなんて、国内法に照らしてみても不可能だということははっきりしている。

そうすると、一か所の遺跡調査についてどのくらい時間を要するかと名護市の例を聞いてみたところ、「今までの調査と報告書へのまとめで最短で2年、長くて7年かかりました」と実例を聞かせて頂いた。年代が比較的に浅く、しかも遺跡の範囲がそう広くない現場で2年かかったという。7年の現場は、掘れば掘るほど、その下からさらに古い土器がみつかっていったらしい。それは、約2,000前の遺跡だったという。最後まで掘ってみないと確認できないそうだ。

発掘調査の間はそこにつながるかどうか、遺跡の構造範囲、土器の分布範囲などが分からないので、現状に手をつけてしまうシュワブへの移設工事はできない。2015年12月現在で沖縄防衛局から名護市へ求められているのは「作業ヤードと架設工事のために遺跡にかかる部分はどのぐらいなのか」ということらしく、今はそのための影響調査をしているとのことだ。

これほどさようなまでに、開発が前提となる場合の埋蔵遺跡調査や文化財保護のための詳細な調査については時間がかかることが当たり前なのである。

では前例を取って、シュワブの遺跡調査を仮に7年とし、それから工事が始まったとすると埋め立て工事が終わるのが最短で5年とし、上物工事が急いで2年で終わるとして合計7年。調査の7年+工事の7年+機材の移設・点検で最短1年で総合計15年。すべて最短でみて15年もかかる。政府の現行計画では、どんなに急いでも普天間基地は15年の間、動かない。

夢を壊すつもりなど全くないけれど、夢の国が普天間に来るのは15年あとになるという事実。15年間は悪夢と騒音に悩まされ続けるという現実。これが今の普天間だ。

夢の国と引き換えになる戦争屋は200年に渡って居座ることになろう。地獄でしかない。

 

うれしいようなチルダイするような気分になるのは、現実から考えたらそういう「話しクヮッチー」より、約束した「5年以内の閉鎖・返還」を政府に求めることのほうが、危険性の除去と負担軽減が両立できて多くの県民が喜ぶことになるんじゃないのかな~、と思うからである。これなら最短で3年あれば実現できる。過去にそういう計算を出した防衛の専門家から聞いたことがあるからだ。県外のすでにある施設等を使えば充分可能だとその方は言い切っている。

 

夢の国の住人達には、普天間基地が速やかなる閉鎖・撤去・返還が達成した先に、笑顔に包まれながら沖縄へ来てもらいたいと願うものである。

 

 

代執行訴訟①

辺野古新基地建設のための国による代執行訴訟が始まってしまった。

感覚的に言えば、これは通常の裁判のような「法理による論点の整理と審判」と受け取る前に、「国は国民との協議の扉を自ら閉ざしてしまった」と受け止めなければならないということではないかということだ。

つまり、沖縄がどうしても言葉にしなければならない「歴史的事実と県民の意識」をどこまで出せば、いつまで言えば、当事者である国(日本の政府)によって根本的な解決が行われるのか」、ということなのである。

今回の訴訟で、翁長知事は口頭陳述でやはりその思いをまず言わねばならなかった。

以下に、知事の陳述に関する事後インタビューの言葉を抜粋してあげてみたい。

 

「1回目の口頭弁論ということで、私も冒頭陳述ということで話をすることができて大変よかったと思っている。法律的な準備書面とか、私のもっと詳しい陳述書なども証拠書類という形で出している。私自身は沖縄の気持ちと言うか、沖縄の県知事としての気持ちを話した方がいいのではないかということで、沖縄の基地の問題と、それから振興策についての誤解、そういったことなどを重点的に話をさせていただいた」

 

「私がいつも魂の飢餓感と言っているように、その落差を埋めないと、裁判全体の、それが取り入れられる取り入れられないとは別にして、思いを伝えるということが大切。政治的なものというよりも沖縄県民の心情、心を私は伝えたわけで、それ以外の法的な面はしっかり書面で提出されているから、私はその思いを話をするということで、冒頭のそういうことになった。」

 

「当然この裁判は直接的には取り消しの訴訟なので、そういった法律論は確かにメーンであることは間違いないが、やはり今の沖縄が置かれている基地問題とか、今日までの歴史を含めて考えると、今年の安保法制とかいろんなものを踏まえると、日本の地方自治の問題、民主主義の問題がしっかりと問われている感じがしている。そういった法律的な判断もさることながら、やはりそういった背景などをどの程度斟酌(しんしゃく)してくれるか分からないが、私が話をすることの意味合いがあるのではないか。そういったことを話をする中に、そういうものを理解しつつの法律的な解釈というものになればいい。沖縄の歴史と沖縄の心情などを話をする中に、これからのいろんな法廷の場でやりとりが出てくるとありがたいなと思う」

 

今回の訴訟で問われるべき本質とは、「憲法で謳われている民主主義・国民主権・平和主義は、果たして、本当に根付いているのか。沖縄はそれを当然のように享受することができているのか」という文脈とつながっている。

 

「それを、全国の皆さんにも、自分のこと、身内のこととして、深く考えていただきたい。そうでなかったら、沖縄における歴史問題、基地問題、構造的差別問題は、永久に解決できない」

 

翁長知事は「県民の心情・魂の飢餓感」を訴えているのだ。

 

 

音楽のちから

普段からよく音楽は聞いている方だと思う。

メインで聞くのはロックだけど、演歌やフォークも聞くし、時にはそれほど詳しくはないけれどクラシックなんかも聞いたりする。クラシックは特に気分的にリラックスしたいときに聞きたくなるようで、歩きながらとか車の中とかじゃなく、やっぱり家で、体もリラックスできる時と合わせて聞くのが一番いい。で、そのうち寝落ちするというのが最高にぜいたくな時間の過ごし方だとも思っている。ゆったりした交響曲あたりだと、もうまさにそれのために作られたんじゃないか、とありがたがってみたりする。ロックじゃこうはいかない。

先日、ひょんなことで若手の音楽クリエーターの皆さんとおしゃべりする機会があった。

自分たちくらいの年齢(50代)のオジサンは、自分から若いひとの集まりに進んで参加しようという自信はあまり出てこない。きっと話があわなくなるとか、たぶん興味が違いすぎる、という先入観があるのかもしれないし、無理くり的に取り入ろうとするみたいで、どうも気が引けてしまうのである。

しかし、その話題が「音楽」ということになると自分的には他の分野とちょっと違う。

自分にも好きで聞いているバンドや年代もあるけど、逆に、知らないアーティストの情報を得られるという利点が多いので、話が合わないと感じることも、興味が違いすぎるという引け目も感じない。

それこそ、そのアーティストやバンドが使っている楽器にまで話が広がるともう止まらなくなってしまうのである。これは特にロックに限らず、邦楽でも沖縄民謡でもほとんど変わらない。話せば話すほど、次から次に興味の対象がポンポン出てきて話が尽きるということがない。

音楽は聞くためだけでなく、他者との距離を縮めてくれるコミュニケーションのためのツールでもあるわけだ。こういうことも知りつつ、もっといいものをと作品をつづってきた人間のわざってやっぱりすごい。

音楽のちからは偉大である。