戦没者祈念式典2016

今年も6/23の慰霊の日に合わせて沖縄県が主催する「沖縄全戦没者追悼式典」へ参加した。夏本番となった猛暑の中、多くのご遺族並びに関係者が集い、沖縄戦で犠牲となった24万余の御霊と、去る戦争で亡くなった御霊への鎮魂を祈る姿も多かった。

 

式典には内閣総理大臣、衆・参両議長、外務・防衛・厚生労働の各閣僚、遺族会会長、米軍関係者などが出席、米軍以外の来賓から追悼の言葉や挨拶などがあった中、遺族会会長が「これ以上の新たな米軍基地に私たちは反対する」と静かに述べられた思いに感じ入った。

その中でも、玉城の心に最も深く染み入ったのが翁長雄志沖縄県知事が発した平和宣言であった。会場からは宣言の合間にも拍手が起こり、宣言を述べ終えた後はなお一段と拍手が大きかった。 読み上げられたその平和宣言全文をぜひ紹介しておきたい。

 

『平和宣言』

『太平洋戦争最後の地上戦行われた沖縄に、71年目の夏が巡ってきました。

沖縄を襲った史上まれにみる熾烈な戦火は、島々の穏やかで緑豊かな風景を一変させ、貴重な文化遺産のほとんどを破壊し、20数万人余りの尊い命を奪い去りました。

私たち県民が身をもって体験した想像を絶する戦争の不条理と残酷さは、時を経た今でも

忘れられるものではありません。

この悲惨な戦争の体験こそが、平和を希求する沖縄の心の原点であります。

戦後、私たちは、この沖縄の心をよりどころに、県民が安心して生活できる」経済基盤を作り、復興と発展の道を懸命に歩んでまいりました。

しかしながら、戦後71年が経過しても、依然として広大な米軍基地が横たわり、国土面積の0,6パーセントにすぎない本県に、米軍専用施設の約74パーセントが集中しています。

広大な米軍基地があるがゆえに、長年にわたり事件・事故が繰り返されてまいりました。今回の非人間的で凶悪な事件に対し、県民は大きな衝撃を受け、不安と強い憤りを感じています。

沖縄の米軍基地問題は、我が国の安全保障の問題であり、日米安保体制の負担は国民全体で負うべきであります。

日米安全保障体制と日米地位協定の狭間で生活せざるを得ない沖縄県民に、日本国憲法が国民に保障する自由、平等、人権、そして民主主義が等しく保障されているのでしょうか。

真の意味で平和の礎(いしずえ)を築くためにも、日米両政府に対し、日米地位協定の抜本的な見直しとともに、海兵隊の削減を含む米軍基地の整理縮小など、過重な基地負担の軽減を先送りすることなく、直ちに実現するよう強く求めます。

特に、普天間飛行場の辺野古移設については、県民の理解は得られず、これを唯一の解決策とする考えは、到底許容できるものではありません。

一方、世界の国々では、貧困、飢餓、差別、抑圧など人命と基本的人権を脅かす、多くの深刻な課題が存在しています。

このような課題を解決し、恒久平和を実現するためには、世界の国々、そして、そこに暮らす私たち一人一人が一層協調し、平和の創造と維持に取り組んでいくことが重要であります。

私たちは、万国津梁の鐘に刻まれているように、かつて、アジアや日本との交易で活躍した先人たちの精神を受け継ぎ、アジア・太平洋地域と日本の架け橋となり、人的、文化的、経済的交流を積極的に行うよう、今後とも一層努めてまいります。

戦争の経験が息づく沖縄に暮らす私たちは、過去をしっかりと次の世代に継承し、平和の実現に向けて貢献を果たす上で大きな役割を担っているのです。

本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられたすべての方々に心から哀悼の誠を捧げるとともに、平和を希求してやまない沖縄の心を礎(いしずえ)として、未来を担う子や孫のために、誇りある豊かさを作り上げ、恒久平和に取り組んでいく決意をここに宣言します。』

平成28年6月23日

沖縄県知事 翁長 雄志

単純にして明朗に

楽しいことをやっているときはまちがいなく表情にでるタイプの玉城はよく「顔が違う」と言われることがある。

このあいだも娘に「なに厳しい顔して携帯メール打ってるの?」と言われたし、玉城は地元コミュニティーFMで音楽を紹介する生の番組を週に一回持っているが、そのONAIRの様子を写真に撮りに来た玉城の事務所スタッフから「顔が全然違いますね」と言われた。

つまり仕事の時はやはり険しい顔をしていることが多く、趣味や楽しいことを満喫しているときには相当にゆるんだ顔になっているという話し。しかも、玉城は誰よりもその時その時の表情の違いがハッキリ分かるタイプなので気分や感情度合いまでも図りやすい、ということのようである。

別にそういわれてもいい気分も悪い気分もしないけど、な~んとなく、なんとなく、大人の男の陰りというかダンディズムみたいな世界とは180度縁がないのだというような寂しさは、一応感じるよね。しかも、結構そういうダンディズムの世界には誰もがちょっとは憧れていたりすることもあるので、陰りのない男=幼い、みたいに見られていると思うとやっぱり抵抗感もあったりする。

ところが、自分で言うのもアレだけど物事に対する考えは「シンプルにしてたくさんあればいい」と普段から考えているし、そう考えたうえでシンプルにマイペースでマルチに行動しているから、自分自身にはそっちのほうが極めて楽なのである。多少の憧れはあるにしても、わざわざ陰りのある男をいちいち演出しないで「そういうタイプではない」と割り切るほうが、別段不自由もなければとってつけた誤解も生まれずに済む。

結論。分かりやすいほうがいい。表情も性格も行動も。

 

容姿一枚

最近、自分と同じようなハーフに生まれた若い世代の方と接する機会が増えている気がする。

ハーフという定義は、思うに実に変だよな。みんな生まれてくるときは父や母の血統の影響を受け継いで生まれてくるのだから、本来は全員がハーフであるはずだ。世代によってはクォーターなどのいい方もあるけれど、生殖体系的に考えたら父と母の要素を受け取って生まれてくるという存在でしょう。ただ見た目的に「日本人と違う皮膚や髪や目の色」という外見上から「日本人とは違うのではないか」という感覚がもとになって「ハーフ」と呼ばれているのではないかと思う。

ハーフと呼ばずにダブルとかいろいろな呼び方もあるけれど、自分みたいに慣れてしまえばハーフと呼ばれても構わない。呼び方についての根本的な問題は「そう呼んで区別する・区別されている」という差別や蔑視の意識が入り込んだり垣間見えたりすること。しかし、ここでそれを考えるとそもそもからめんどくさい話しになるので、ここでは「そういう差別の意識はない」ものとして、ハーフについてちょっと書いてみてみたい。

 

玉城の父は米国人、母はウチナーンチュで日本人。一般的に「ハーフ」と呼ばれる分類系の側にいる人間である。一人っ子。国籍日本。

人としてこの世に生を受けたことから考えると、国籍や親権などの法律的な現実問題はあったとしても、生まれた場所や家族関係や育ちの違いなどは人それぞれなので、ハーフだからとかじゃないからとかはその人それぞれの考え方、捉え方次第ではないかと思っている。

生まれる前から生まれた後の人生のスタートは選べないし、生まれた後の人生は、時間の経過やそれに伴う個人の成長や環境の変化などによってどうなるのか予測は難しい。

もし人生のスタートが違うとすれば、家庭や住んでいる地域などの周辺環境によってある程度違いがあるかどうかじゃないかなと考えるくらいだったし今でもやっぱりそう思っている。

だからどう生まれてこようとも、ひとりの人間として、自分がどう生きて生きていきたいのか、それについて折々に考え、その都度の答えみたいなものを、自分の力で探しながら生きてゆけたら、それが生きることの喜びになるのじゃないだろうか。しかも、幸いにして体が健康であれば本来はもうそれだけでも感謝に尽きないと思うし。

ハーフと呼ばれてもこの年になればもう違和感はないけれど、さすがに慣れるまでにはいろいろな体験をしたことは事実だ。それらの体験もまた、生きていく経過の中で活かされていくこともいっぱいあるんじゃないかと受け止めている。

面倒だからと無視を決め何も考えないよりも、いろいろなことを考えてじぶんからひとつひとつ答えを見つけるのは案外悪くない。自分で得た答えは、自分が努力した結果の成果だから、自分の宝物同然だ。心の中にたくさんの宝物を持っていると思うと、その自分にしか見えない宝をもっともっと探して手に入れたい、と自然に前向きになっていける。

その前向きな気持ちがあれば、自分が関わる誰かに対して敵意を持つ必要も悪意を抱く卑屈も遠ざけることができると思う。そうか、これこそ専守防衛・平和外交の原点か!笑 と冗談もいえたりできるし。構えを解いて力を抜けばそれですっかり気分は楽になる。心配しなくても戦う時にはしっかりモードが切り替わるものだから。笑

そうして生きてきたから、たぶんこれからもそうしていくだろう。

それが自分にとって最も楽な生き方だから社会の迷惑になることもないだろう。

ハーフに生まれたみんなが、例えばそうやって、自分だけの見えない宝ものを探していくことが楽しいと思ってくれたら、きっと今以上に輝く自分を発見できると信じている。

最後にエピソードをひとつ。

母子家庭だった玉城は幼い頃、母が住み込みで働かなければならなかった事情から、血の繋がっていない他所の家族の中で養い子として預けられて育った経験がある。とてもいい家族でみんなが本当の家族として接しくれたし、今でも玉城にとっては家族同様の人たちに変わりない。

その家のお母さんが、ハーフだからということで年上にいじめられたりした泣き虫の自分によくこういう話をしてくれた。

「かーぎや、かーどぅやんどー(人の姿は皮一枚でしかないよ=中味はみんな同じ人間なんだよ)」と。「人の容姿なんて、皮一枚の違いさ。泣くことじゃあないよ」と。

今でもその言葉が自分を根本から温かく支えてくれていることをとても誇りに思っている。

 

 

「ママが言ってた。人生はチョコレートみたいなもの、だって。食べてみなけりゃ、中に何が入っているのかわかんない、ってね。」~映画 「フォレストガンプ」より~

 

休み。ふと考えた

今年のゴールデンウィーク、長い方なら4月29日から休暇に入って5月8日にまで時間が取れたら約10日間、自分時間が作れたことになっている。

玉城は4日に母の故郷である伊江島に夫婦して一泊で行って帰ってきたから、それが唯一の「休みと言えば休み」だった。それ以外の日は普段通りの業務をしていたから、「GWはあってなかった」ものだった。今年も。

ふと考えたのだが、長い休みも使い方次第ではまあ大変だろう。

お金をかけるかかけないか、旅行へ行くか行かないか、それだけでも休日の使い方が変わるだろうし、誰と、何をするか、それを考え始めたらもうキリがない。誰のための休みなのかで目的そのものが如何様にも作られてしまう。長い休みを取ったがために。

これ、はっきり言うと「休みに疲れたGW」という感想をもっている方も少なくないんだろうなあ。

結論。家族や誰かを喜ばせることが休日の目的になかったならば、せめて自分のために使うことを優先したいもの。体力気力財力の温存をリユウニシテ。

落ち着く居場所

先日地元で、ある教会と、子ども食堂と、国際的な婚姻問題の解消を支援する団体の事務所がひとつの場所に一緒にオープンする式典へ参加させていただいた。

主体者である教会の牧師さんは、これまでもホームレスの方へ食事を提供する支援などを行っており、今回は家庭的に貧困などの問題を抱えている子どもたち(大人も含めて)や、外国人と結婚したがその後の離婚問題や、子どもの養育などについて法的な支援を必要とする(困っていると思われる)方が足を運んでいただければ、という思いからその拠点として設置することになったと伺った。

子どもであれ成人であれ、問題を抱えて困っている人が頼りにできる場所や人がいるということは本当にありがたいことと思う。

困っている方が直接役所や関係機関へ相談に行きたくても、問題が重くて自信を失いかけていたり、相談に行く時間がなかったり、何から手掛ければいいのか全く見当がつかなかったり…悩みはいくつもあるだろう。

そういう問題を抱えている方が気軽に足を運べる場所があり、少しでも話しを聞いてもらえる方がいるというのは心強いだろう。子どもたちだって、ひとりでいるより仲間がいた方が気分も張れれば、一緒になって遊ぶ方が楽しさも全然違ってくるだろうし。

式典が進行する間、できるだけ多くの人の暮らしに行政の支援の光がしっかり当たることを助けなければと考えていた。求めているそこへ「届いてこそ本当の支援なのだ」と。

 

たのしいご飯

沖縄県の翁長知事による「県子どもの貧困対策推進計画(仮称)素案」が発表された。

幼児・小中学生・高校生・若者へと、ライフステージごとにそれらに見合った施策を提示して切れ目のない支援を目指す内容となっている。いよいよ抜本的な支援策が講じられることを大歓迎の期待をもって、自分にもやれることを全力で協力していきたい。

さて計画素案の詳細についてはここでは触れないが、県による子ども実態調査の結果も公表されていて、その一つの「貧困と孤食」について考えてみたい。

この調査によると、貧困層の子どもほど平日の朝食・昼食を親や兄弟と一緒にではなく、「一人で食べる」と答えた割合が高いとされている。

小学校5年生と中学2年生の対象比較になっているが、やはり高学年になるほど孤食になるパターンが増えるようである。

まあ思春期によくある行動パターンじゃないか?というように受け取られるかもしれないが、問題の視点は貧困との関連性があるかをみることである。

例えば、子どもの食事を用意するのが「お母さん」とするなら、「食事の支度をする時間に働いているのではないか」という見方もあり、働く時間の長さや複数就労なども浮かんでくることが考えられる。時代背景も変わるし、家族の形態も今や核家族が平均構成となっている。だからこそ、実態の調査から浮かんでくる問題点を、多角的な観点から見つめていくことが肝心なのだと考えるべきではないだろうか。

玉城の個人的な価値観からすれば出来る限り子どもは家族で食卓を囲むほうがいい。

自分の子どもたちとも、できれば朝食などはそうやって一緒に食べる時間をつくる工夫を夫婦でしてきた。もっとも、それを主張して実行させたのは家内の力(意志と行動力)の賜物だと感謝しなければ、なのですが。

子どもや親御さんが「家族の楽しい時間」が作れることにどのような支援ができるか。

県の取り組みもたくさんの希望と笑顔につながればいいなぁ。自分も頑張ろう。