会期末におもう

11月1日から開かれた特別国会も12月9日(実質的には8日)で閉会する。

平成十二年から導入された党首討論「クエスチョンタイム」も導入後初めて開催されない年となる。10人以上の議員が所属する野党の党首が総理へ質問し、総理からもまた野党党首へ質問できるという相互問答形式。しかしこれだけ野党の数が増えたら、45分の時間はあっという間に消化終了してしまい、国民にとって最も肝心な「論点の深まり」は思うほどには期待できないかもしれない。

しかしそれでも、国会改革のために導入したこと。始めたことは一貫して行うべきではないだろうか。

議論はいつも行きつ戻りつ。もどかしさを感じた会期だった気がする。

今国会では、「国会改革のために従来の慣例によらず与党にも充分な委員会での質問時間を与えよ」と要求が上がり、現場の各委員会でもそのためもめている様相もまた見受けられた。

それには意見もいろいろあろうが、与党が十分な質問時間を要求するのであれば、野党にもまた十分な時間を配分する、それでいいのだと思う。野党の数だけ時間が増えるのであれば、当然、国民の代理としての声が十分に国政に反映されるべきである。

会期・外交日程・事前の与党側の法案審査など、通常国会と臨時会を分けている今の方式ではなかなか厳しいというのであれば、通年国会にして、いつでも国会が開かれているように「改革」することも議論していい。

いままでにも議論した経緯があるようだけど、参議院のように衆議院も質問時間はそれぞれの持ち時間制にして、答弁で時間をとられても質問する時間を確保するのもありじゃないかな。通年開会にすればそれもまたできないことはないと思うけど。

やることに躊躇するよりも、やって改善していくほうがわかりやすい、ともいう。

やってほしいこと、やらなければならないこと。常に目の前に横たわっている。

楽しくいる

「楽しそうですね」とよく言われる。

考えたことはないが、楽しくいるのは自然にそうだからじゃないかな。

だって、「楽しくしているふり」は、いつか必ずしんどくなって止まる。

「ふりをする」ことはどこかが透けて見えるからバレるのも早い。

楽しそうに見えるのは、本当に楽しいからだ、というのが当たっていると思う。

元気で生きているありがたさも、困難を克服したい希望も、「自分のはカラ元気だ」とか「難しいからやるのはしんどいな」などと逆方向から考えてしまったら、もう何もかも楽しくなくなってしまう。きっと「心の闇」に落ちてしまうに違いない。

だから、自然のままに素直に楽しくいられるほうが絶対いい。

要は、虚勢を張らず、見栄を出さず、妬まず、羨まず、卑屈にならず。

やりたいことに体も動くし心もついてくる。

楽しくいるには充分だ。

暴力はいけない

どんな理由があるにせよ暴力は絶対いけない。

力の差を誇示することが絶対的優位にあるというのは間違いだ。

品格が求められる立場にある者はその品格をもって対処するべきである。

品格を保持する努力の姿勢こそがもっとも評価されることも疑う余地がない。

暴力が存在することを秘匿したりすることはもってのほか。

暴力がないことが前提ではなく、ないことが当然の組織や社会であるべきだ。

そういう筋を正すことや摂理を求めることもまた当然やめてはいけない。

あってはいけないことをなくす努力のなかで強い信頼はうまれていく。

信頼があればそこから暴力はなくなる。こころの闇は消えてゆく。

 

からだは正直で

滅多に風邪をひかないし、ひいたとして大抵は2~3日くらいですっかり元の調子に戻るものと、自分ではいつもそう思っていた。なのであまり節制することもなく、食欲も麦酒愛飲もほどほどにあるので大丈夫だ、と思うのが常だった。

が、これはもしかすると無理の利かない年齢になろうとしている覚悟がそろそろ必要なんだということなのだろうか。

このところ風邪「気味」状態がやけに長く続いている。

体の筋肉や節々が痛くなると「引きはじめ」の症状で、それから次にだいたい8度越えくらいの高い熱を出して、病院で受診して薬をもらい、食事をしてそれをしっかり飲みつつ寝ていてしっかり汗をかいて。

いつもはそうやって回復に向かうのに、今回は少し勝手が違う。寒気と熱の峠が過ぎたらケロッといかないで次はなんと咳が出始めている。

だんだん寒くなってきてるし空気も乾くし喉までやられてるのかなぁ。

沖縄と東京と往復することで体も体温調節に無理してるのかもしれないから、咳もやっぱり体からの「無理できまへんで、だんな」という合図なのかもしれないなぁ。

麦酒を芋のお湯割りに変えると効き目あるかなぁ。試してみないとなぁ。ゲホゲホ

来る人も去る人も

選挙は当落の結果がはっきりしている。

その結果によって身の振り方も180度変わる。

人の中身は変わらねども、その人の生き方は間違いなく変わる。

生き方によっては、その人の中身が変わってくることもある。

さりとて、自分の生き方を決めるのはやはり自分自身。

そこに留まるか、それとも自ら方向を定めて進んでゆくか。

どう生きようとも今生は一回限り。

来る人あり。去る人あり。

それもまたそれぞれの、自分自身の生き方を求めて、である。

新たな気持ちで

第48回衆議院総選挙で玉城は、9万5千5百17票という、これまで過去の選挙においては最も多くの票を投じていただき、晴れて沖縄県第3区選挙区で当選をさせていただいた。開票結果を受けた瞬間の当確報道にも、ただただ安堵感が走ったことと、この上ない結果を受けて、身の引き締まる思いが同時にじわっとこみ上げた。

「政治は結果責任が重要」といわれる。

寄せていただいた多くの信任に対し、その負託に応えようとすることは当然であるが、より深く思考する中から見えてくる新たな課題を常に探求し、それらの課題の解決に向けた取り組みを、どのようにより広く捉えてゆくか。

思考と行動は尽きない。それらを丁寧に確認しつつ、結果につながる手段を探る。

初心に戻る新たな気持ちで、そしてさらなる責任をもって、4期目を務めたいと思う。