徒然ブログ

読書という息抜き

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本を読むのは好きなほうだ。そう難しくない本を乱読?雑読?するという 感じで。もちろん週刊誌もムック本も範疇に入れてのトータル感で「読書」 と、なにやら高尚な香りをふりまいているのだけど。   怒る方がいるかもしれないが、実は読書を趣味にしているという割りに小説系 は読んでいない。読み込むまでの勇気と読み切るまでの忍耐が絶対的に足りない ことを自分でよく知っているからという言い訳で。   なので一気に読み切れるページや内容の本が自分の「読書」のほぼ中心をなす。   読みたい本の場合には若干時間がかかっても読み切るよう努力するが、分断的に 時間をかけて読むと、前に読んだところの内容を忘れてしまい、また少し戻して 読み返したりするからこれが結構きく。今までの努力がぷちっと切れてしまう。 そうなったら本棚の飾りとなってそれからはなかなか手が伸びていかないという。   新しい本を買う。今度買うのは椎名誠さんの新作だから楽しみだ。 椎名さんの作品はエッセイがほぼ中心なので気軽にそして楽しく読める。   仕事に関する本もこういうふうに気軽に楽しく読めるようになれないかなあ。  

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米朝会談の向こうへ

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2018・6/12、米国と朝鮮人民共和国(北朝鮮)の両首脳による 歴史的な会談がついに行われた。これまでにも数次の協定合意 がなされてきたが、北朝鮮を取り巻く各国の思惑が絡み、真の 合意履行は反故にされてきたという経緯もあり、これですべて がスムーズにいくという確信的なことは言えないかもしれない。   しかし、和平に向けての第一歩だとすれば期待をかけた努力 を惜しむものではない。拉致被害の問題という重い課題はある ものの、日本国もこれまでの圧力一辺倒から、より柔軟な姿勢 を国際社会と協調しつつ整えていく好機ともとらえればいい。   政治の責任はその国の国民に背負わせるものではない。   国民への支援、特に食料や仕事などの生活上必要な支援策を いつでも提供する用意があること(実際にそうすること)が 国家間の協議進展にある種の付加価値があるならば、そのこと を惜しむべきでない。   相互理解から始まるのが協調政策ならば、個別の課題について も、米朝会談のこの機会を相互理解を深める第一歩にするべきだ。   相互理解が早く進めば問題・課題解決のゴールも早いだろう。 冷静に、しかし穏便に。これから先へ向っていく思考をしたい。    

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「いじり」という問題

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言葉の遊びとか、仲間や友人同士のコミニュケーションとか、単なる内輪の冗談ごっこ みたいないわれ方をされているが、自分はいわゆる「いじり」が嫌いだ。   「いじり」で心が傷つく場面にたくさん遭遇してきたがどの場面でも嫌悪感しか感じ なかった。いじって遊んで喜んでいるのはいじった側でいじられた側には楽しいとか、 仲間内の友情とかを表しているような雰囲気じゃまるでなかった。 そこでの「いじり」は、あらゆる差別的要素以外の何ものでもないと心が痛かった。   もしかすると日本社会では言葉によるハラスメントを「軽い遊びのつもりのいじり」 と勘違いしている方も少なくないのかもしれない。絶対的優位にある立場からの 「いじり」は深刻なハラスメント問題であることを、果たしてどれくらいのその 立場にいる方々が認識しているのか、そこは極めて深刻な状況にあるのかもしれない。   バラエティーでよく問題視されるひとつに、芸人さんたち同士の「いじり」があるが そこは芸に身を置く世界でのしきたりや遊び方や付き合い方が根底にあるのだと思う。 芸人さん達だってその「いじり」をファンや家族や友人にはしないという一般常識を しっかり持っているはずだしその前提だから「笑い」を「笑い」で昇華できると考える。   「こいつはいじられることが好きなんですよ、慣れているんですよ」は大きな勘違いだ。 自分の存在をあれこれこねくり回されて快感を覚える?自分なら絶対にそうならないし、 そうやられたら「それ、気分いいことしてるつもり?」とやり返してるだろう。 これまでにもそういう経験は少なくない。言われた相手はたいていびっくりした。 「いじりは最悪」という自覚がないか、慣らされてしまっているんだろう。   言葉の遊びを超えた「いじり」はやめよう。   身近にある「いじり」の慣習からやめていかないと「ハラスメント」の問題は解決でき ない。例えばそういう意識が身の回りでごくごく一般的な常識になれば、言葉の暴力に よる犯罪的行為も、法律上からみる問題とあわせて社会の慣習上からも抑えられる作用 にできるのではないだろうか。   自分にその認識を植えこんで、今後は「いじり」にも気を留めていくようにしよう。  

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真相究明の責任は誰に

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学校法人森友学園に関連する決裁文書改ざん問題で、財務省が昨4日に調査報告書を公表した。   その内容については新聞や報道に詳しく接して戴きたいが、問題の本質は未だ解決の道筋に立っていない。   起ころうはずがない公文書が改ざんされ国会での審議が偽証のまま行われた。 民主国家における行政と議会、政治と国民との信義を根底から破壊するテロのような行為が 行われことについて、官僚職員をここまでやらせた、行為に走らせたのはどこにその原因があったのか。   徹底的な追及がそもそも問題を起こした身内にできるはずはないと思うが、財務省はそれでも自分たちで 調べられることは真摯に調べ上げ、組織的に行われた公文書改ざんについてその結果を公表し、 麻生財務大臣は自身の閣僚給の返納を含む、関係職員らの懲戒や厳重注意などの処分を発表した。   この国家犯罪的行為の問題は誰が最終的な責任を取るのか。   このことは「金絡みではない」などとも言われるがその論理による責任逃れはありえない。 民主主義国家の基礎をを冒涜するほどの大犯罪に等しいことについて、それが職員の処分等で済むようなものでない ことについて、多くの国民もそう思っている。「いつまでもりかけやっているのか」の声にこたえるのがまさに今なのだ。 膿を一掃するためにまず組織体制を改め、外部機関の協力を得るなどしながら厳しく見極めるべき時である。 財務省による調査報告書の提出は、自らの非を根本から改めるための奇禍とするべきである。   公文書の改ざんを「悪質でない」「どこの役所でも多少は書き換えをやっている」などと答えたような放言財務大臣が 責任を職員に押し付け自らは変わらずに職に留まる。 それは政治の責任から逃げているだけではないか。それもまた多くの国民は疑問視している。   政治の当事者がまず責任をとる。   それなくして真相究明には向かわない。内閣総辞職にも匹敵する問題であると認識できるならば。  

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快適に仕事するための装い

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5月に入って国関係省庁や国会は衣替え(クールビズ期間)になり、玉城は沖縄でも愛用している かりゆしウエァでほぼ毎日登院している。   まだちょっと肌寒く感じる日は、無理せずに長袖シャツと上着ジャケットも。 風邪をひいてしまっては元も子もないので、そこのところは体調管理も考えながら着用する。   しかし国会では議員がスーツの上着を着ていると、役所の職員も上着を脱げない(クールビズの装いが できない)ので、委員会等の部屋のエアコン温度も低めに設定されている。 これが、かりゆしの半そでには涼しすぎるような温度設定だったりするので「何のためのクールビズ?」 というような気持ちになったりする。 目的を達成させる目標があるならば、それのためにできることから始めたらいいのに、と。   全国各地でご当地型かりゆしが着られるようになれば、夏も快適、仕事も順調にはかどると思うのだけど。   季節に合わせた装いなら、仕事に合わせてだれでも気軽にチョイスできる。   夏本番はまだこれからだけど、日本の夏はムシムシする。気持ちも装いも快適に過ごしてもらいたい。

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悪魔のしわざ

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安倍総理は「なかったことをあったこととして証明する」のは悪魔の証明で不可能だといいました。   安倍総理に「あったことをなかったこととして隠ぺいする」のは悪魔の所業で不道徳の極みですと どなたか教えて差し上げてください。   両者からの経過説明で片方は公文書を提示して経緯の事実を説明し、もう片方は文書も現物の証拠も 示さないで記憶に頼っての事実を説明する。どっちも正しいと思っている安倍総理に公文書が存在する 意義を訊いてみたいです。   事実の照明が記憶だけでいいのなら役所も警察も裁判所も存在する理由がない。