おねがいごとひとつ

胸の内がま~だすっきりしないのでいっそお願い事を書いておくことにしました。

 

国会議員になる以前から6月23日は毎年、県主催の全戦没者追悼式典に参加している。

戦争で母方の叔父二人を亡くし、祖父とともに式典会場の摩文仁にある「平和の礎(へいわのいしじ)」にも名前が刻銘されている。

年に一回でもと追悼式にあわせて礎を訪ねては手を合わせ安寧を祈る。

 

追悼式典にはご遺族や一般の参拝者の他に、総理、衆参両議長、沖縄担当大臣、防衛大臣などの政府要職に加え、国会・県会・市町村会の議員や自衛隊幹部、米軍幹部、米国大使、在沖米総領事なども参加する。警備警護の様子は物々しいが、去る大戦んで亡くなられたすべての御霊へ届いてほしいと、誰もが恒久平和を願い、御霊へ追悼の祈りを捧げる厳かな式典である。

 

翁長知事の平和宣言や子どもたちから募集した平和の詩の朗読の時には、参列者から暖かい拍手が送られる。

 

ところがいつの頃からか、特に総理のあいさつの前後のタイミング(演台に向かう・降りるなどの際)に

会場内のどこからか、総理に対して声が飛んでくる。

 

おそらくそれは総理挨拶の中で述べられる言葉~「沖縄における米軍基地の負担軽減をすすめる」というくだりと、現実に強行されている辺野古新航空基地建設との不条理な状況があるからであろうと玉城は勝手に推測している。

挨拶の内容と現実の行動が伴っていない総理に対して猛省の声をだしている、ということなのだろうと思う。

 

他方で「総理、ありがとう」という声も、ロープで仕切られた会場外のどこかから飛んでくる。

公務多忙の中参列していただいていることへの御礼の気持ちだろうか。

私には何に対して「ありがとう」と大きい声を出して礼を述べているのか分からない。

 

感動感謝の拍手ならともかく、この賛否どちらの声にしても、厳粛な式典にふさわしくないのではないか

という気持ちをされる方が少なくないであろうということです。

 

戦争で亡くなられた御霊に、心から哀悼の思いをつげていただく時間。

心静かにただこうべを垂れ手を合わせる。

 

「もう二度と戦争しない、戦争させない政治と社会をつくるのだ」という気持ちを祈りと共に

強く思っていただきたいという個人的な立場からのお願いごとです。

 

言いたいこともありましょう。

叫びたい思いもありましょう。

万人にそれぞれの事情はおありのことだとお察しいたします。

 

されど、やはりそこは祈りの式、祈りの場、祈りの時間です。思想信条を乗り越えて平和への道を歩む誓いの式典です。

 

かつて悲惨を極めた戦争につながる政策を実行した日米両方の現在の政府や軍関係者も慰霊のために参列しています。国・地域の隔てなく名前が刻まれている平和の礎は万国の恒久平和への願いが込められたモニュメントでもあります。

その場所で、参列する方々の心を乱すような大声はどういうものであろうとも

やはり聞くに堪えないのではないでしょうか。

 

来年からは、本来の厳かで静粛な式典に遺族のひとりとして哀悼の誠をもって参加したいと願う次第です。