「いじり」という問題

言葉の遊びとか、仲間や友人同士のコミニュケーションとか、単なる内輪の冗談ごっこ

みたいないわれ方をされているが、自分はいわゆる「いじり」が嫌いだ。

 

「いじり」で心が傷つく場面にたくさん遭遇してきたがどの場面でも嫌悪感しか感じ

なかった。いじって遊んで喜んでいるのはいじった側でいじられた側には楽しいとか、

仲間内の友情とかを表しているような雰囲気じゃまるでなかった。

そこでの「いじり」は、あらゆる差別的要素以外の何ものでもないと心が痛かった。

 

もしかすると日本社会では言葉によるハラスメントを「軽い遊びのつもりのいじり」

と勘違いしている方も少なくないのかもしれない。絶対的優位にある立場からの

「いじり」は深刻なハラスメント問題であることを、果たしてどれくらいのその

立場にいる方々が認識しているのか、そこは極めて深刻な状況にあるのかもしれない。

 

バラエティーでよく問題視されるひとつに、芸人さんたち同士の「いじり」があるが

そこは芸に身を置く世界でのしきたりや遊び方や付き合い方が根底にあるのだと思う。

芸人さん達だってその「いじり」をファンや家族や友人にはしないという一般常識を

しっかり持っているはずだしその前提だから「笑い」を「笑い」で昇華できると考える。

 

「こいつはいじられることが好きなんですよ、慣れているんですよ」は大きな勘違いだ。

自分の存在をあれこれこねくり回されて快感を覚える?自分なら絶対にそうならないし、

そうやられたら「それ、気分いいことしてるつもり?」とやり返してるだろう。

これまでにもそういう経験は少なくない。言われた相手はたいていびっくりした。

「いじりは最悪」という自覚がないか、慣らされてしまっているんだろう。

 

言葉の遊びを超えた「いじり」はやめよう。

 

身近にある「いじり」の慣習からやめていかないと「ハラスメント」の問題は解決でき

ない。例えばそういう意識が身の回りでごくごく一般的な常識になれば、言葉の暴力に

よる犯罪的行為も、法律上からみる問題とあわせて社会の慣習上からも抑えられる作用

にできるのではないだろうか。

 

自分にその認識を植えこんで、今後は「いじり」にも気を留めていくようにしよう。