記事の重要性

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地元紙の記事を毎朝目が覚めると同時に読むようにしている。

地元で起きているほぼ最新の情報が得られるからであるが、東京にいても毎朝コピーをFAXで送ってもらい、地元の社会情勢や事件、事故に関する情報も把握することを心がけている。

社説、読者のオピニオン欄なども欠かせない意見収集のポイントである。

しかし時には、自分に関する記事のようだが、記者から確認を求められていない内容の記事が掲載されることがあったりする。

情報収集し、態勢を読み、方向性を示しつつ、主観的な点を折り込んでまとめられていても、両方の当事者が存在する内容であるならば、その双方に事実確認を行うほうがより真実性に近い記事になるはずであり、読者は『そういうことを得て記事にしている』ということを≪当たり前≫に思って記事紙面に接しているのではないだろうか。

丁寧な取材こそが記事の生命。

今朝のタイムス社説を読み、改めて≪記事掲載の持つ重み≫を考えながら論説委員に電話をさせていただいた。

この時期である。
政治に対する読者の関心は高い。

だからこそ事前の確認作業を丁寧にしていただきたいとお願いした。

『言ったモノ勝ち、書いたモノ勝ち』では、重要な事実が正確に伝わらなくなってしまうのではないか、と案じて。

失礼しました。

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